『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(河出書房新社)の内容【ネタバレあり】
あらすじ
1959年真冬、ロシアの西部にある冷戦下のソ連ウラル山脈北部で起きた、学生登山部9名が入山して全員が無残な遺体となって発見された遭難事故の話です。
遺体は、マイナス30度にもなる氷点下の暗闇の中、衣服もろくに身に付けず、発見された全員は靴を履いていない状態で発見されました。
解剖の結果、死亡原因は、6人は低体温症で、3人は峡谷からの落下による出血による死亡(頭蓋骨骨折などの重症、うち女性一人の舌は喪失)です。
また、遺体の衣類からは異常な濃度の放射線が検出されました。1959年2月1日から2日未明にかけて、いったい何があったのでしょうか。
当時の捜査官たちは、当時できるだけの原因解明を行なったが「未知の不可抗力」の犠牲になったと結論し、調査を終えていました。
テントの柱はまだまっすぐ立っていたし、南向きの入口もまだちゃんと立っていた。しかしかなりの部分が最近降った雪で埋もれており、テントの一部はつぶれていた。それが吹雪のせいなのか、それとも風で周囲の雪がそこに溜まっただけなのか、すぐには判断がつかなかった。大声で呼びかけたが、返事はなかった。テントの正面近く、雪のなかからピッケルが突き出していた。また懐中電灯も一部埋もれていたが、スイッチは入ったままだった。
引用元/死に山 ドニー・アイカー著 安原和見訳 (河出書房新社)
著者のドニー・アイカーが、この未解決の謎に挑んでいきます。
エカテリンブルクにあるディアトロフ峠事件を風化させず解決しようとするディアトロフ財団で資料などを見せてもらい、体調が悪く途中で引きかえすことになった唯一の生き残りであるユーリ・ユーディンにも会って話を聞いています。
ソビエト共産党支配下の冷戦下、強制労働収容所が建設されていたシベリア、核実験も行われていた時期ではありますが、遭難場所からは何千キロも離れていて、放射線の原因とすることはできず、政府軍などの関与などを否定したり、現地のマシン族の関与を否定したりしながら、消去法で検証しています。
彼らはトレッキングの技術を持っていました。若く体力もあり、酒飲みでもありませんでした。最高位3級の獲得のために、難しいルートをあえて選んでこのトレッキングに臨んでいます。
消去法で全部の可能性が消えたとき、外に飛び出せば死が待っているにも関わらず、パニックになって飛び出してしまった事を考えると、低周波が原因ではないのかとの仮説にたどり着きます。
NOAAアメリカ海洋大気庁の科学者の力を借りて、トレッカーたちの日誌、天候の記録、物的証拠により、つじつまのあう見解を導き出した真相解明の過程を綴った本です。
ジャンル・ボリューム・著者
ジャンルは、ノンフェクションです。
2018年8月30日初版発行の『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(河出書房新書)
351ページ。資料の羅列も多く、ボリューム的には、ページ数ほど重くはありません。
著者のドニー・アイカーは、ドキュメントの映画やドラマの監督・制作で知られるアメリカ人です。
ひょんなことからこの事件を知り、ネットで調べるうちに真相が気になりだし、ネットのほとんどの情報を読んでいくうちに次第にのめり込み、実際に行かなければ解明できないという思いにとりつかれ、ロシアに足繁く通うことになったようです。
翻訳家は、ノンフィクション、ミステリー、映画関連本などの翻訳を多く手掛けている安原和見氏です。
不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の解釈
カルマン渦と低周波説
2018/12、「奇跡体験!アンビリーバボー」では、ディアトロフ峠事件を取り上げ、この本が原因だと主張するカルマン渦と低周波の説を元にして、番組が作られていました。
左右対称の丸い山が、カルマン渦が低周波を生み出す理想的な気象と地形の組み合わせで、地面の振動、轟音の通り抜け、低周波の影響による胸腔の振動、パニック、恐怖、呼吸困難などを引き起こすとしたこの「死に山」の著者の結論が、カルマン渦と低周波説です。
雪崩説
2021/1/28付学術誌「Communications Earth & Environment」に発表された論文では、雪崩が原因だとの説を発表しました。
今回の論文の著者の一人、スイス連邦工科大学チューリヒ校の地盤工学者アレクサンダー・プズリン氏は、この時間差に注目した。氏は2019年、地震から数分から数時間後に発生することがある雪崩の仕組みについて、学術誌「英国王立協会紀要A(Proceedings of the Royal Society A)」に論文を発表している。…
引用元/https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/020100052/?P=2
『アナと雪の女王』の見事な雪の動きを見た科学者がヒントを得たことに解決の糸口があったとニュースになっていました。
映画になっているフィクション
このディアトロフ峠事件を題材にした映画もあります。
ディアトロフ・インシデントは、2013年に作成された映画ですが、あまり評判はよくないようです。
『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(河出書房新社)から学んだこと
自然の恐怖
冬山に慣れていて、全員トレッキングの2級を持っていて、指導者となる3級取得のための今回のトラッキングで事故に遭っていました。体力のある学生登山部の一行で、基本に忠実に、大きなミスをすることもなく過ごしていたにもかかわらず、このような結果になってしまってのです。
真相はわかりませんが、カルマン渦と低周波の説であったとしても、雪崩説であったとしても、いくつかの気象条件がたまたまの偶然が重なった自然の猛威が彼らを襲っているということでしょう。
自然は美しく、私たちの心を揺さぶり、感動と癒しをもたらしてくれますが、同時に全てを解明していものではなく、時に、恐ろしいと感じます。
冬山の備えの確認
山に入る準備と心構え、危険の想定を怠らないようにしようと、この本を読んで改めて確認しました。
雪崩が起こり得る冬山に入るには、最低でも、三種の神器(スコップ、ビーコン、ゾンデ)が必要です。
特に初心者は、天気の悪い日には山に入らない。経験のある人に同行するなど、少しづつ力をつけていきたいものです。晴れた風のない山と悪天候の雨風強い山では、同じ山と思えない恐怖も危険も異なります。
夏山でもそうですが、家族に迷惑をかけないように、登山届必ず出すようにしましょう。
そして、地図は持っていきましょう(大きな本屋には国土地理院の地図は売っています)
山の保険には入っておくべきです。遭難して捜索した時には多額のお金がかかります。
実力に見合わない山には登らないようにしましょう。ネットには、天気の良い日、絶景の写真が乗っています。ネットの情報だけでは、全ての情報がわかるわけではありません。日頃どのくらいの訓練をしているのかなど、日頃の努力は現れず、絶景の写真だけを目にしている場合も多いのです。
安全第一でいきましょうね。
まとめ【『死に山/ドニー・アイカー 著(安原和見 訳)』を読んで】
真相はわかりませんが、人数が多くても、経験や装備があっても、偶然が重なって不幸が起こることがあります。
自然の前に人間は無力であることは、山登りでなくても、幾度となく思い知らされています。
それでもなお、自然を愛して、元気と勇気をもらい、ともに生きていきていきたいと思っています。
恐れと尊敬の念を持って、これからも、山に登りたいです。